約束の日の来客

その日、王太子宮はいつもよりも華やいだ様子になっていた。
女官が指示を出す中、侍女や従僕たちがテーブルをセットする。
それを横目で見ていたエドワルドは不満げな色を隠すことができなかった。

「殿下、どうかなさいましたか?」
「別に」
「そんな顔には見えませんが?」

最近、そばにつくようになったリュシアンの声にもぶっきらぼうな声で返すだけ。
どうして、ここまで機嫌が悪いのか。
そう感じたリュシアンは、ゆっくりとエドワルドの予定を思い返していた。

「……あっ!」

一つある。絶対にエドワルドが不機嫌になる要素が。

「ひょっとして、妹姫とのお約束を気になさっていますか?」

それに対して返事をすることはない。
それを見たリュシアンは思いっきりため息をつくことしかできなかった。

「殿下もお分かりのはずです。今日の会は以前から予定されていました。むしろ、妹姫とのお約束の方が後だったんですよ?」
「……わかってる」

さすがに自分が悪いことは気が付いていたのだろう。どこかすねたような声でエドワルドが返してくる。
それに対して、リュシアンは諭すような声で続けていた。

「本日は側近候補を集めた大切な席です。わたし一人では限界があります。殿下ご自身の目で、将来を支える方々をご覧ください」

リュシアンの言葉に、エドワルドは重く息を吐いた。

「……選べと言われてもな」

たしかに彼は14歳にして王太子であり、将来を見据えた布陣を固める必要がある。それは百も承知している。けれど――

(まだ、どいつもこいつも、信用に足らない)

学識や家柄、王宮の慣例で選ばれた候補者たち。その眼差しの先にあるのは、自分ではなく、その先にある地位や名誉に思えた。それが見透かせてしまう自分が、厄介だった。

「殿下?」
「……少し、頭を冷やしてくる。始まりまで時間はあるだろう」

そう言って、立ち上がるエドワルドをリュシアンは止めなかった。代わりに静かに一礼し、「あまり長くならぬよう」とだけ釘を刺した。
エドワルドは扉を抜けると、回廊を歩いた。気を落ち着けるつもりが、歩を進めるごとに、かえって苛立ちが募っていく。

(……アリシアは、もう庭で待っている頃だ)

妹のために今日だけは時間を空けると、先日、約束を交わしていた。彼女が楽しみにしていたのも、知っている。だが、それを破ったのは自分だ。

(約束のひとつも、守れないのか、おれは)

そうして足を止めたとき、聞き慣れた声が届いた。

「お兄さま、みつけました!」

ぱたぱたと軽やかな足音とともに、金糸の髪をなびかせながら、ひとりの少女が駆け寄ってくる。

「アリシア……?」

乳母に止められるのを振り切って来たのだろう。まだあどけなさを残したその顔には、少しの怒りと、不安と、そして――期待が浮かんでいた。

「お庭、準備してたのに……お兄さま、来ないから……」
「アリシア、おまえ……どうしてここに」

問いかけながらも、エドワルドの声にはすでに怒気はなかった。少女の手は小さくて、やわらかくて、しっかりと彼の裾をつかんでいた。

「だって、今日は“お庭でお茶”って……お兄さまが、言ってくれたから」

まっすぐに見上げてくるその目に、エドワルドは視線を逸らすことができなかった。

「……ごめん、アリシア」

不器用に謝ったその声に、アリシアはぱちぱちと瞬きをした後、ふん、と小さくそっぽを向いた。

「でも、いいの。お兄さまが、今こうして、わたしを見つけてくれたから」

なんとも不思議な言い分だったが、その言葉に、少しだけエドワルドの肩が軽くなった気がした。
そのとき、乳母がようやく追いついたらしく、慌てた声が響いた。

「まことに申し訳ありません、殿下! すぐにお連れいたしますので……!」
「いや、いい」

エドワルドは手を挙げて制した。

「アリシアには……紹介したい人たちがいるんだ」

そう言って、彼は妹の手を取り、王太子宮の奥へと向かう。

 

◇◇◇

 

会場となっていた応接室では、すでに複数の少年たちが整然と並び、控えていた。14歳の王太子の周囲にふさわしいとされる、名家の子弟たち。
扉が開き、エドワルドが入室した瞬間、全員が姿勢を正す。

「殿下」

しかし、エドワルドが少女を伴って現れた時点で、少年たちは動揺を覚えていた。
一瞬、場の空気がざわつくが、エドワルドの表情は至って平静なもの。

「いい機会だから、紹介しておくよ。……妹のアリシアだ。まだ7歳だけど、よろしく頼む」

そう言って、穏やかにアリシアの肩に手を添える。アリシアは小さく頭を下げ、緊張の面持ちで「こんにちは」とだけ告げた。
その様子を見ていたリュシアンは、扉近くで控えながらひとりの少年に視線を向けた。
挨拶の後も彼だけが、わずかに視線を彷徨わせたまま、動かない。

(あの少年だけ、様子が違う)

リュシアンがそう思っている間にも、エドワルドはアリシアをそっと促していた。

「アリシア、挨拶を済ませたなら、そろそろ部屋に戻りなさい。今度は約束を守るからね」
「……うん」

こくんと頷いたアリシアは、控えていた乳母の元へと歩いていく。扉が静かに閉まるまで、エドワルドの視線は妹の背を見守っていた。
そして、何事もなかったように席へと進む。

「では、あらためて始めようか。……各位、今日は時間を割いてくれて感謝する」

その言葉とともに、場の空気が切り替わる。
王太子としての顔に戻った彼の姿に、誰もが自然と背筋を伸ばしていた。

 

 

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